福島 疑惑の時

Publié le par francemedia

5月31日付 ルモンド紙 

 31日付ルモンド紙では、原発事故発生から2ヶ月が経過した現在、事故現場から流れ出す放射能の影響に不安を抱えながら暮らす福島市の住民達の様子を伝えている。

 同紙によれば、「福島市では、子供達の健康を心配する親達の姿勢は、子供達の服装を見れば一目瞭然」という。心配な親達は子供にマスクや防止を被せ、体にはレインコートを着せて、毎晩入念に洗うという。しかし、市内で教師として働く女性によれば、「マスクをした子供達は重装備をしていない子供達を羨ましがり、登校途中に脱いでしまう」という。

 4月20日、放射能汚染された地域に住む大人と子供の被曝許容量が年間20ミリシーベルトに引き上げられた。これは原子力産業労働者の年間許容量で、通常基準値の20倍である。この放射線量を超えなければいかなる避難も必要とされない。


 冷静な国民性が有名な福島の人々は、その地名に張られた2つの汚点に憤慨し、自ら行動を起こすようになったという。事故の起きた福島原発から60キロも離れていながら、福島は原子力災害を想起させる地名になってしまった。さらにこれから何ヶ月もの間、市の北部と東部の住民達は20ミリシーベルトに近い放射線量を浴びながら生活しなければならない。
 「政府が基準を変えたのは、避難による補償をしたくないからだ」と、ある二児の母親は漏らす。彼女は子供を連れて県外へ引っ越すことも考えているという。「子供達は公園でも遊べないし、学校では窓を閉め切った教室から出ることもなく、校庭で遊ぶ事もできない」と彼女の友人である別の女性は語る。彼女は、「(政府は)私達を実験台にするために、危険ではないと言っている。弱い放射線に長期間あたる危険性は誰にも分かっていない。私達の子供たちを実験に使おうとしている」と悲痛に漏らす。
 この女性3人は、放射能被害から子供を守るためのネットワークに参加しているという。彼女達は携帯電話のメッセージやツイッター、フェイスブックなどを活用して政府当局の決定に対して反対運動を繰り広げている。彼らは、市内の学校で採取された放射能に汚染された土を、県の社会福祉課にまで届けたという。
 このネットワークを代表する男性は東京にまで抗議行動に行ったという。公聴会では、「20ミリシーベルトは危険ではない」と連呼する福島県放射線アドバイザーの長崎大学山下俊一教授に対して疑問を投げかけた。「私は福島の公敵になった。3月中旬に福島に来たが、その頃は危険なものとそうでないものを説明できたが、その後反核団体が活動を始めた。インターネット上では噂が飛び交い、今では何も聞いてもらえなくなった」と山下教授は言う。事実ネット上では、パニックを起こさないよう食物検査が改ざんされているという噂が流れている。


 あらゆる方法で保護者達を安心させようとしても、子供を守りたい母親たちの反抗には敵わない。「あなたは、自分の子供に年間20ミリシーベルトの放射線を浴びさせたい?」と聞かれれば、「嫌だ」というしかない。福島市内では、4月の授業開始から2ヶ月後、最も放射能に汚染された校庭の土がようやく除去され始めた。セシウム137に汚染された表土は掘り起こされ、横に掘られた穴に捨てられるという。なぜ除去作業が遅れたかという同紙の問いに対し、福島市は「解決法を見つける必要があった」とだけ答えた。隣町の郡山では福島よりも早く除去作業が始まったが、汚染表土を捨てる場所がなく、上からシートがかけられたまま校庭の真ん中に放置されている。


 政府は27日、除染作業に必要な経費を負担すると発表した。さらに文科省は、子供たちの被曝許容量を「出来るだけ早く」年間1ミリシーベルトにする方針を明らかにした。福島の親たちの一先ずの勝利だが、彼らの不信が完全に消えるにはまだまだ長い時間が必要だ。

"A Fukushima, l'air du soupçon", Jérôme Fenoglio, Le Monde 31/05/2011

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