我々は放射能の前に平等ではない

Publié le par francemedia

*ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール誌 ネットニュース 

3月23日13時28分(日本時間21時28分)

1633395.jpg  (c) Reuters

仏国立衛生医学研究所(INSERM) の放射線生物学者ニコラ・フォレが放射能についての疑問に答える。

  • 仏放射線防護原子力安全研究所(IRSN)と放射能独立情報研究委員会(CRIIRAD)は、福島原発の原子炉から放出してフランスに今日か明日(木曜日)到達すると見られている放射能拡散は全く危険でないと考えていますが、あなたも同じご意見ですか?

はい、全面的に。それらの粒子は私たちよりも10から100万倍も放射能が少ないのです。つまり、私たちは自然に放射能を出しているのです。80キロの体重の人は毎秒8000の放射能粒子、つまり8000ベクレルを出しているわけで、今回到達すると考えられているのは1000分の1ベクレルだからです。

  • では危険はゼロということですか?

危険がゼロということは絶対言えません。粒子がそこに存在する以上、それは私たちに到達することができるのです。これらの粒子の危険性、それはDNAや細胞を破壊し、癌を誘発することです。しかし、この危険は非常に相対的であり、したがって僅かにしかそうなりません。例えば、放射能を出す人に接触するより、ひとりの人が地下鉄に乗って癌に罹るチャンスの方が大きいということです。それから忘れてならないのは、福島の原子炉からの放射能放出量はチェルノブイリからの量より1000倍も少ないことです。

  • 科学者は危険のない許容量を推算しています。この測定の信用度は確かなものですか?

たしかに。この値は議論の余地があります。性質とこれらの危険の割合を特定しなければなりません。この疑問は真の議論ですね。何故なら、量が少ない程、分析が難しくなるわけですから。非常に少ない量の問題、それは動物実験とかヒロシマのような出来事のデータに依るしかないことです。しかし、ヒロシマは一般化する手だてにはなりませんし、動物実験での結論では人間に適用できないわけです。

わかっているのは、自然の放射能はフランスでは1年に約2,4ミリシーベルトで、イランあるいはブラジルでは年20ミリシーベルトだということです。そしてイラン人とブラジル人がフランス人より癌が多いということはありません。つまり、0から20ミリシーベルトでは危険がないということです。

福島の事故は、この下限について疑問を投げかけ、放射能に関する新しいデータをもたらすことになるでしょう。原発の近くにいる日本の方々は決して無視できない量の放射線に曝されており、将来、許容量を決めるのを可能にするかもしれません。フランス人は無視できる量に曝されているわけです。

  • 私たちは放射能に対して皆同じでしょうか?

 放射線治療において、ある人々は他の人々よりも放射能に敏感だということを観察できました。放射能への感応性は遺伝的要因によります。大いなる疑問は、どのように敏感な人々を見分けるか。敏感さによって人を判別しても良いのか。これらの疑問は、哲学者たちと公権者たち得意の倫理的で実際的な議論を呼ぶものです。いずれにしても、この観察は心配させるべきものではありません。

 

 

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